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2006.11.21
最終回:何も生み出さへんし、何も残さへん~UA演じる『水の女』を観る~銭湯大学 湯船教授の「銭湯文学特講」 by 湯船教授最終回となった今回、取り上げる作品は杉森秀則『水の女』です。これまで銭湯にまつわる様々な文芸作品を紹介してきたこの「銭湯文学特講」 、今回の杉森さんの作品はこの講義最初で最後の映画作品です(原作は文庫で出版されているのでそちらもぜひ)。この作品の魅力はなんといっても映画初主演のUAと、浅野忠信の共演!2002年公開時にも話題を呼んだ作品ですので、ご覧になった方も多いかもしれませんね。 作品の舞台は銭湯。高い煙突に瓦屋根、「ゆ」の暖簾のかかった入り口を正面に構えた外観に、今では見ることのない木材を燃料にする釜場、歴史を感じさせる木造建築の脱衣場には古めかしい体重計や扇風機が並び、一面に白いタイルの敷き詰められた浴場に入ると壁には富士山のペンキ絵…まさに「昔ながらの」といった趣の建物がとっても印象的で、銭湯をこれほど美しく写した作品はないんじゃないかと感じさせる力作です。それではストーリーの紹介に移りましょう。 父と一緒に小さな町で銭湯を営む涼(UA)は自他共に認める「雨女」で、彼女の人生の大切な日には必ずといっていいほど雨が降ります。この作品は外に出かけていた涼が、自分の家で父と幼なじみの婚約者に会うため、雨の中を一人で歩いて帰っていく場面から始まるのですが、風に飛ばされて木に引っかかった傘を彼女が取ろうとして破いてしまうと、場面は一転、悲劇が起こります。トラックで家に向かっていた婚約者は途中に交通事故で崖下に車ごと転落、釜場で火を焚いていた父親にも時を同じくして突然の発作が襲い、結局二人は亡くなってしまいます。 天涯孤独となった涼は傷心の旅に出ます。その途中で見る森の風景がまた幻想的でとても美しいんですがそれはいいとして、彼女が家に戻ると、見知らぬ男が居間で食事をしていました。彼(浅野忠信)は火を見ると落ち着くという不思議な男で、その雰囲気に惹かれた涼は、銭湯の釜場で働いてみないかと誘いかけました。 涼は旅の途中で出会った女性に「初めて会うた人と、仲良うしたいんやったら、何も訊かんことや。名前とか、過去とか、どうでもええやん……」と言われたことを思い出します(ちなみに登場人物は全員関西弁)。そして二人は名前も過去も明かさぬまま共同生活を始め、「水の女」と「火の男」は恋に落ちていくことに…… こう書くと、急に安っぽいメロドラマになったように見えますが、ここから後で大きな展開があるのです。涼が父と婚約者の死という傷を抱えていたように、浅野忠信演じる男も過去に大きな傷を抱えています。その過去は意外な形で後に涼にも明らかとなり、そして二人は……あまり話してしまうとネタバレになってしまうのでここから先は秘密ということで。 最後にこの話の舞台として銭湯が選ばれた意図を感じさせる場面をひとつ。最初のほうに登場する、涼が傷心の旅の途中でであった女性は、その後銭湯の富士山の絵を書くペンキ絵師の弟子になり、涼と再開を果たすことになります。原作を読んでから私も気づいたのですが、二人が会った森というのは実は青木ヶ原樹海で、涼は何気なくそこに惹きつけられて入っていったのですが、もう一人の女性は本当に自殺をするつもりでそこに来ていて、彼女は涼に出会ったことで自殺を思いとどまることができたのでした。自らの心に傷を負っている涼は出会う人間の過去を洗い流し、忘れさせてくれる存在「水の女」だったのです。そして銭湯で再会したときの二人の会話――この素敵な会話で私の連載を終わりにしたいと思います。長い間講義にお付き合いいただき、ありがとうございました。 「アンタ、風呂屋やったんか……」 *** 『水の女』 text by 湯船教授 | 2006.11.21 | [ 銭湯大学 湯船教授の「銭湯文学特講」 ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0) 2006.11.07第7回:孫の話を続ける老婆~角田光代の短編「銭湯」を読む~銭湯大学 湯船教授の「銭湯文学特講」 by 湯船教授今回ご紹介するのは角田光代さんの「銭湯」です。2004年には第132回直木賞を受賞し、いまや押しも押されぬ人気作家となった彼女ですが、今回ご紹介する「銭湯」は1991年に発表されたデビュー作『幸福な遊戯』所収の短編です。直木賞を受賞した『対岸の彼女』や小泉今日子主演で映画化された『空中庭園』などの作品は有名ですが、『幸福な遊戯』などの初期の作品は未読の方も多いいんじゃないでしょうか。 「銭湯」は学生時代に芝居に熱中していた23歳の女性が主人公で、これは執筆当時の角田さんの経歴とほぼ重なります。主人公が会社勤めをしている点などが実際の角田さんとは異なるので自伝的作品とは言えませんが、「もし小説家にならなかったら・・・」という当時角田さんが実際に感じていた漠然とした不安が作品全体に漂っているので、若い人にとってはたいへんリアリティのあるものに感じられると思います。また、同時収録の表題作「幸福な遊戯」と「無愁天使」を含め、どれも近年のヒット作にもつながるエッセンスの詰まった作品ですので、角田さんの本を読んだことがない方にもおすすめです。では、詳しい内容に移ります。 主人公の八重子は大学を卒業したばかりの23歳の女性。学生時代劇団で芝居に熱中していた彼女は、3年生になっても就職活動を始めず、母親にも「私は夢に生きるんだ」と宣言していました。しかし周りの人間が続々内定をもらっていくうちに不安を覚え、結局少し遅れて就職活動を開始。無事内定をもらい、今は小さな食品会社で働いています。 面白いのは、彼女が母の反対を押し切って芝居を続けるといってしまった手前、働いていることをまだ打ち明けられずにいて、母との手紙のやり取りでは芝居を続けている自分を演じているということ。 「自分の天分というものを考えて、それに見合った暮らしをすることが幸福なのだと思っています」というような母からの説得の手紙に、「好きなことをして暮らせるということは、幸せなことだと思っています。秋の公演も決まり、今は稽古の毎日です」という返事を書いていている八重子は読んでいてとっても切ないです。 彼女は芝居をあきらめて働き始めたにいもかかわらず、自分の気持ちには整理がつけられずにいます。学生時代から住居を移していないこともあり、家には劇団員の前の彼氏がふらふらと尋ねてきたりして、以前からの習慣である銭湯通いもなんとはなしに続けていました。「夢を追いかける生活の苦しい若者が通う場所」として銭湯は象徴的で、この作品のタイトルにもそのような微妙な意味合いが込められているのではないでしょうか。 さて、八重子が通う銭湯には、誰彼かまわず近くの人に話しかける少し困った老婆がいます。「孫がね、孫がいてね、東大の二年生」から話を始め、相手の区別もしないため延々と毎回同じような話を続ける彼女は、常連客から嫌厭される存在です。銭湯では特に話し相手がいない八重子は一度この老婆につかまってしまい、そのときは結局1時間半も話を聞かされることになりました。たしかに銭湯は、公園のベンチとかと並んで、「若者が話し相手のいない老人につかまる場所」でもある気がします。 その後も母からの手紙攻勢は続き、八重子は劇団員の自分を演じていることにだんだん疲れてきました。そして何気なく訪れた銭湯で、ほかの客相手に孫の話をし続ける老婆を見て八重子にある考えが浮かびます。 なるほど・・・ありえる話です。作品中では、この考えが当たっていたかどうか最後まで明らかにされませんが、彼女が自分の寂しさ、むなしさを老婆と重ね合わせることで自覚したということが、とっても大きいことだったのではないでしょうか。なお、作品の結末にはここでは紹介していない素敵なストーリーがまだ残っていますので、興味のある方はぜひ本を買ってみてください! *** 角田光代 text by 湯船教授 | 2006.11.07 | [ 銭湯大学 湯船教授の「銭湯文学特講」 ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (3) 2006.10.24第6回:熟熱微塵風呂の悲劇~椎名誠『問題温泉』~銭湯大学 湯船教授の「銭湯文学特講」 by 湯船教授今回ご紹介するのは椎名誠『問題温泉』です。この作品は13編の独立した短編からできていて、その中にお風呂、温泉に関係するものが2つ収録されていました。そのうちのひとつは表題作の「問題温泉」。あらすじはというと、温泉の脱衣所のマッサージ機で「おれ」がくつろいでいると、見回りに来た従業員が誰もいないと勘違いしたのかその一帯の電源を切ってしまいます。すると、マッサージ機の止まったタイミングが悪かったのか、「おれ」体の各部位が固定されて動けなくなってしまい、そこから抜け出そうとさまざまな手段を講じて四苦八苦するというドタバタなお話です。このほかにも「シーナワールド」全快なお話が満載ですが、今回詳しくご紹介するのは、もう一つのお風呂に関する短編。タイトルはネタばれ気味になるのでしばらく秘密ということでよろしくお願いします。 まず書き出しに注目。 原因はどうやらひと月前に言った蟻走(ぎばしり)屋の熟熱微塵風呂にあるらしい。大学病院の特別臨床医師団の足腰教授がそう言っていた。 風呂の名前にも、先生の名前にも大いに問題ありそうじゃないですか。主人公の行く末が不安になる、というか読んでいるこちらをワクワクさせる書き出しです。もちろん語り手である「おれ」も、その怪しさには十分気づいていましたが、「おれ」が固辞するのにはもっと大きな理由がありました。 だって生きた「ねろでろ」虫が沢山入っている風呂だというのだ。正確には眩毛曼陀羅菌というらしいが、常連客はみんな「ねろでろ」虫と呼んでいるらしい。 このように意味不明な単語とむやみに難しい漢字が平然とまごれこんだ文章を読んでいくうちに、私たちは現実の世界からSF的な「シーナワールド」へ入っていきます。結局「おれ」は、同僚があまりにもしつこく誘うのを断りきれず、いやいやついて行くことになりました。 風呂屋のなかに入ってみると、そこには棺桶のようなものがいくつも並んでいて、中にはおがくずのようなものが正体不明しきつめられていました。係員の指示でいやいやながら中に入ってみると全身にその虫がもそもそと絡みついてきて・・・・・・・ 熟熱微塵風呂が「奥深い生体メカニズムに効いてしまった」と気づいたのはそれから2週間後。 5センチ伸びるくらいならばうれしいものですが、2メートルを超えても「おれ」の成長はいつまでも止まりません。 「発見!モンスターマン」という見出しで新聞に登場し、有名人になりましたが、家ではトイレに入るにもドアが閉められず、娘の奈々には「パパがうんちのときはくさいくさい」と言われる始末。大きくなりすぎて通勤の手段さえ失って会社を退社することになり、最初は面白がっていた妻も、成長が止まらないことを知ると、次第に泣くことが多くなりました。 3メートル65センチになりギネスブックにも正式に認定。記者会見を開くことになりましたが、会見中に泣いていた妻が失踪。ショックを受けた「おれ」も会見の場から逃げ出し、今は一人山の中で暮らしています。 どうして山の中に逃げてきてしまったのか、ということを、昨夜歩きながらずっと考えていた。・・・啓子と奈々はまいばんどうしているのだろうか、ということを、毎晩歩き始める前に必ず考える。 なんとも悲しいラストシーン。タイトルは「考える巨人」です。「ねろでろ」虫が何を意味しているのか、なぜ「おれ」だけが大きくなってしまったのか、謎はつきませんが、何かわかる方がいらっしゃったらぜひ教えてください! *** ●椎名誠 text by 湯船教授 | 2006.10.24 | [ 銭湯大学 湯船教授の「銭湯文学特講」 ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0) 2006.10.10第5回:銭湯へ行く人は真面目だ~星野博美『銭湯の女神』~銭湯大学 湯船教授の「銭湯文学特講」 by 湯船教授どうもこんばんは。銭湯大学の湯船です。第五回の今回は星野博美さんの『銭湯の女神』という作品を紹介しつつ<銭湯に通う若者>について考えてみたいと思います。 『銭湯の女神』は、この講義で紹介してきたものの中ではもっとも新しい、2001年に出版されたエッセイ集です(にしても5年前ですが…)。文章は平易でありながらも社会に対する視線は鋭く、銭湯に関するエッセイだけ読もうとしていた私も、その面白さに引かれて全編を一気に読破してしまいました。旅行に関するエッセイには「旅をする人間がいれば、その周囲には必ず旅をされる人――身近な人間を旅に送り出し、ひたすら帰りを待つ人――がいる」という素敵な言葉がありました。文庫化もされている人気作なので興味のある方はぜひどうぞ。 銭湯に通う若者。一般的なイメージとしては、貧乏学生や役者・芸人志望の人たちなんかがいかにも銭湯に行ってそうな気がしますが、大人計画の松尾スズキさんが「最近の演劇人は最初から風呂付に住みたがる」(※1)と言っているように、近年は若者の銭湯離れが著しいようです。芸人が下積み時代に銭湯に行くお金がなく、台所で体を洗っていたなんていう苦労話も昔はよく聞きましたが、最近はあまり耳にすることがありません。 斎藤美奈子さんが<貧乏小説>(※2)が消滅したというように、苦労話として貧乏時代を物語ること自体が少なくなってきていることもあり、貧乏な若者=銭湯という公式は今では成り立ちにくくなっています。銭湯通いする若者が少数派となりつつあるのも事実でしょう。 では、いまこの時代に銭湯通いをする若者は、どのような人間なのでしょうか。 星野さんは就職で家を出たとき、母の進言で泣く泣くフロ無しアパートで生活をはじめました。その後一時期香港へ移り住み、帰国後に発表した『転がる香港に苔は生えない』が大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。エッセイスト・写真家として確かな地位を築いた彼女ですが、そこでの騒音にまみれた生活を通じて「風呂ぐらいなかろうが、静かで日当たりさえよければどこでもいい」と考えるようになり、結局今もフロ無しアパートに住んでいるそうです。 星野さんに銭湯通いを強制した彼女の母は、後に「銭湯へ行く人は真面目だよ」と星野さんに言いました。その真意を尋ねると、次のように説明してくれたそうです。 この豊かなご時世、多くの人にとっては家に風呂がないっていうのは想像を絶する不便さだろう。買いたいものは目の前にゴロゴロ転がっている。ブランド品とか携帯電話を買うために多くの収入をのぞみ、いい加減なものを食べている。銭湯に行く人はそういうことに背を向けているってことでしょう。自分に何が必要で何が必要でないのか、わかっている人たちだよ。
自分の基準で物事を見ることができる人、つまりそれは真面目な人であり、真面目な人間だけが「あえて」銭湯通いという道を選ぶことができるんだとお母さんは言っていますが、それはエッセイストにとっても大事なことです。銭湯通いを続け、エッセイストとして活躍する今の星野さんは、お母さんのこんな方針によって育ったんですね。 「真面目な人、何が必要で何が必要でないのか、わかっている人が、銭湯に行く」というのが今回の結論。今の社会、若者が銭湯へ行くことが、いろんな意味で困難になっているのです。 *** (※1)松尾スズキ『ぬるーい地獄の歩き方』での発言。あまり関係ありませんが、この本の小見出しの上にはなぜか温泉マーク(♨)がつかわれています。「地獄温泉」ということなんでしょうか。 (※2)貧乏小説 星野博美『銭湯の女神』 text by 湯船教授 | 2006.10.10 | [ 銭湯大学 湯船教授の「銭湯文学特講」 ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (1) 2006.09.26第4回:昔、銭湯は真っ暗だった~別役実のナンセンス銭湯史~銭湯大学 湯船教授の「銭湯文学特講」 by 湯船教授こんにちは。銭湯大学教授の湯船です。今回ご紹介する作品は劇作家・別役実さんの『当世・商売往来』です。 本来はフダ屋と呼ぶべきものであるが、一応これは非合法とされているから、その点をちょっとはにかんで、ダフ屋と自称しているのである(ダフ屋) という、思わず「へー!」と言いたくなるようなものから 理事者側は・・・一般出席者が沈黙し続ける事態を予想して・・・会議の専門家を出席者の中に忍び込ませ、あえて彼らに批判させることまでしたのである。つまり、この会議の専門家が後に「総会屋」となるのであり、歴史家はこの時期を「民主主義の教育時代」と呼んでいる。(総会屋) なんていうウソかホントかわからない話まで、「日本の不条理演劇の第一人者」である彼のセンスが伺える話が盛りだくさんです。今回紹介する「銭湯」の話も事実半分、でっち上げ半分の彼らしいナンセンスな物語ですが、妙に説得力のある面白いお話なので、ぜひ最後までお付き合いください。 別役さんは、銭湯の創成期の経営者の悩みから話を始めます。 最初に銭湯を開設するに当たって、経営者たちの頭を悩ませたのは、人々の羞恥心をどうすべきか、という問題であった。言うまでもなく銭湯の中で人々は、その裸体を衆目に晒さねばならない・・・今日ではほとんど問題にならないことであり、むしろ「誰かに見られていないと」裸になった気がしない」という人種まで現れつつある始末であるが、当時の人々の感性は、まだそこまで進歩していなかったのであろう。 「みんなで素っ裸になってフロに入るなんて、日本人よくワカラナイ」と外人から訝しがられる日本の文化は、銭湯が生まれた当初にはまだ存在しておらず、当時の日本人はやはり裸が恥ずかしかった。他人をチラチラとのぞいたり、のぞかれたりすることを防止するために、経営者は何らかの対策をとる必要があったのです。そこで経営者たちは対策を考えたのですが、彼らが最初にとった対策は「銭湯内の光を遮断する」というものでした。 「誰にも見られていない」という安心感が得られるから、羞恥心を感ずることなく人々は裸になれたが、裸になってから何をどうしていいのかわからない。ともかく、何も見えないのである。・・・浴場内の風俗は乱れ、勢い不潔となり、恐怖心すら感じられるようになった。 暗闇に包まれた銭湯というのは、ヤミ鍋以上に恐そうです。ウソ臭い話ですが、町田忍さんの『銭湯の謎』によると、実際に江戸時代初期の銭湯は真っ暗だったそう!ただ、真っ暗にしたのは人々の視線を遮断する目的からではなく、蒸気を逃さないためだったとも書いてあるので、別役さんの話は想像の域を出るものではありませんが、さすがは「不条理演劇の第一人者」、といったところでしょうか。 ついに彼等は、個々の浴客の視線は確保したまま衆目を遮断するという、希有の方法を編み出した・・・。つまりそのためには、個々の浴客の裸体から衆目をそらすべく、それより興味のあるものをそこに設置すればいい。言ってみればそれが、富士山だったというわけである。 富士山というのは、もちろん銭湯の壁面に描かれている富士山のことです。どこの銭湯にも富士山の絵があるイメージがありますが、なんであんなもの描かれるようになったんだろうと考えると、たしかによくわかりません。この話は妙に説得力がありますが、実は作り話。町田忍さんの『銭湯の謎』によるとペンキ絵の発祥は大正時代で、「子供が喜んで風呂に入れるように」という願いから考案されたものだそうです・・・ 「事実は小説よりも奇なり」とは言いますが、今回の話に限っては別役さんの作り話のほうが実際の事実よりも夢があっていいなぁと感じます。劇作家、恐るべし。 *** 別役実 1937年生まれの劇作家、エッセイスト。本業は劇作家で、60年代後半からずっと演劇の第一線で活躍。百科事典のような説明的な文章を装い、あることないことを書き連ねる『虫づくし』、『もののけづくし』『けものづくし』の「づくし」シリーズも人気。なお「当世 商売往来」は岩波新書と朝日文庫で出版されています。 町田忍『銭湯の謎』 日本唯一(世界唯一?)の銭湯研究家による作品。銭湯の歴史や現状がこの一冊だけでもよくわかります。 text by 湯船教授 | 2006.09.26 | [ 銭湯大学 湯船教授の「銭湯文学特講」 ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0) 2006.09.12第3回:キャサリンを銭湯へ~糸井重里のコピー塾で学ぶ~銭湯大学 湯船教授の「銭湯文学特講」 by 湯船教授どうもどうも。銭湯大学教授の湯船です。 早速ですが、今週ご紹介する本は『糸井重里の萬流コピー塾』でございます。 みた い 気 分ですが、もらえるわけがないので普通に書きます。ごめんなさい。 『糸井重里の萬流コピー塾』は80年代に「週刊文春」で人気を集めた読者投稿コーナーを書籍化した作品です。「東京タワー」「コロッケ」「ちくわぶ」など、毎回さまざまなテーマをもとに読者が投稿し、家元である糸井重里が審査。優秀なものを(松)(竹)(梅)に、ちょっとアブないものを(毒)にランク付けして発表するという形式で、「ほぼ日刊イトイ新聞」の人気コーナー「言いまつがい」に似た面白さがありますので、気になる方はチェックしてみてください! それでは「銭湯」の回に投稿された作品をいくつか紹介いたしましょう。 野口幾代『今夜はなにしに入ろうかなぁ』(梅) どちらもかなりのアホですが、(梅)をもらっているだけあって、不思議な魅力があります。何だか楽しそうで、「銭湯に行ってみたい!」という気を起こさせるコピーです。「なにしに入ろうかなぁ」と言ってる人は、いったいこれまで何をしてきたのか、そして今日何をやらかすつもりなんでしょうか。モヘンジョダロは公共浴場が見つかったインダス文明の都市遺跡なんですが、その事実以上に言葉の響きがよいです。モヘンジョダロ。 伊丹一代『おことばですが、私の父は「ふろに行く」と家を出たきり3年間帰らない』(毒) どちらも爆笑ですが、「銭湯に行きたい」という気持ちを呼び起こす力がないので、コピーとしては最初の二つにやや劣るといった感じでしょうか。情けない役柄を演じているのがどちらも父親という点が、私としては気になるところです。むむむ。 つぎは、「男と女湯」の関係に着目したもの。 木谷成二『あなたはあちら』(梅) 冗談とわかる、かわいらしさがあるコピーです。「おっと失礼」という男の声が私の耳には聞こえてきます。全部ひらがなっていうところが、視覚的にもいいんでしょうな。 伊集院秀行『女湯のお湯は、翌日、男湯で使っています』 ごく一部の男性から大きな支持を得そう。ギリギリアウトなコピーです。女性客は間違いなく減るでしょう。 清水朋子『どうしても女湯に入れない僕は、とっても内気な大学生です』 コピーだからこそ許させる世界ですな。これよりもさらに危険な面白い作品もあったのですが、そこは私の良心で自主規制しました。 アホなのばかり紹介してしまったので、素敵なものを二つ。 神保裕子『ゆらゆらしたい』 女性ならではの、心温まるコピーですね。逆にこれだと、男性客は増えないのかしらん。 最後に今すぐにでも使えそうな実用的コピー。 菊辻猛『煙突の下です』(竹) 面白さには多少欠ける気がしますが、このコピーを見た後で煙突を見たら、銭湯に行きたくなるんだろうなぁ。 斎藤博之『キャサリン、ここがフロ屋だ』(竹) アホですが、インパクト大です。ポスターにこのコピーがどどーんとのっていたら、間違いなく見入っちゃいますね。私的にはいちばんのお気に入りで、今回のコラムのタイトルにも少し使わせていただきました。キャサリンをフロに連れて行けるぐらいのパワーが、コピーの言葉には必要なのです(?)。では最後に、糸井さんの作品。 糸井重里『恋人を、あたために』 さすがにプロといった感じですね。読点の打ち方とか、ひらがなの使い方のセンスのよさが、短い一文に凝縮されています。すごい。 人のばかり紹介しているのもなんなので、私もいくつか考えてみました。 湯船教授『ゆっくりつかっていいんだよ、お父さん。』 うーん難しい。何か思いついたら書き足します。 ------- 参考文献 (ぶんこ版)糸井重里の萬流コピー塾 そのほか「糸井重里の万流コピー塾 U.S.A. 」「糸井重里の万流コピー塾〈基本篇〉」など、何種類かシリーズ化されたものもあります。 text by 湯船教授 | 2006.09.12 | [ 銭湯大学 湯船教授の「銭湯文学特講」 ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0) 2006.08.29第2回:世界の半分しか見ることができない~教授の知らない女湯の世界~銭湯大学 湯船教授の「銭湯文学特講」 by 湯船教授 こんにちは。銭湯大学教授の湯船です。タイトルを見てなんのこっちゃ、とお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、世の中には男湯と女湯が存在し、男は男湯、女は女湯の世界しか見ることができないという意味ですな。「ちっちゃい男の子は女湯に入れるじゃないか!」という意見はあるかもしれませんが、まあそれは特例ということで。ちなみに「世界の半分しか見ることができない」という言葉は星野博美「銭湯の女神」より引用させていただきました。 「銭湯大学教授が覗き行為で逮捕」 8月20日、銭湯県警湯けむり署は、銭湯の塀をよじ登り、覗き行為を行っていたとして、銭湯大学文学部教授(59歳)を建造物侵入容疑で逮捕した。教授は建造物侵入容疑は認めたものの、「今回の覗き行為はあくまで学術的研究を目的したものだった」と訴えている。 私には妻子があり、社会的地位もありますので、こんな記事が載るような事件は起こしたくはありません。ですので今回は、女性の銭湯に関するエッセイをとりあげて、男性には見ることのできない甘美な(?)女湯の物語をご紹介しましょう。 ※上の事件はフィクションです *** えー今回ご紹介するのは石垣りん『ユーモアの鎖国』収録の「花嫁」という短いエッセイです。 「明日、私はヨメに行くんです」 知らない人にそんな大事なことをなぜ言うのかと、石垣さんは再度おどろきました。しかし「少しも図々しさを感じさせないしおらしさが細見のからだに精一杯あふれていた」と感じ、彼女の後ろにまわります。 明日嫁入るという日、美容院へも行かずに済ます、ゆたかでない人間の喜びのゆたかさが湯気の中で、むこう向きにうなじをたれている、と思った。 心あたたまるいい話じゃあないですか! 詩人である石垣さんのあたたかい心が、読んでいるこちらにまでしみこんでくるような文章ですよね。男湯ではこんな素敵な物語はまず生まれないんじゃあないでしょうか。 *** 「花婿」 湯船教授 作(フィクションです) その日、近所の銭湯に着いたのは、普段より1時間遅い11時ごろだった。 「これで私の襟足を剃ってもらえないでしょうか」 今月で還暦を迎えるわたしだが、見知らぬ人間の襟足を剃った経験は過去にない。私のことを銭湯の人間と思っているのだろうか。それにしても図々しい男だ。男の顔を確認する。眼鏡をはずした近眼の私は男がだれなのか分からなかったが、その口元がわずかに微笑んでいるのが見えた。 「明日ムコ入りするんですよ。お願いですから」 危険な可能性が頭をよぎる。もしかしたらこの彼は私のからだを狙っているのではないだろうか。ムコ入り前夜、最後の夜に、この私を… 「大丈夫ですか、お父さん」 彼は娘の婚約者だった。 *** ●参考文献と人物紹介 石垣りん 星野博美『銭湯の女神』 ※ここでは詳しく紹介できませんでしたが、最近の作家の作品では角田光代『幸福な遊戯』収録の「銭湯」という短編も面白かったです。この本を読むと、女の人は銭湯に入るときも、周りの人の行動をよく見ているんだなぁと感心します。 ※参考文献と人物紹介はフィクションではありません text by 湯船教授 | 2006.08.29 | [ 銭湯大学 湯船教授の「銭湯文学特講」 ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0) 2006.08.15第1回:中田英寿はドライだけど、湯船教授はウエットなんです~ドライな男の登場と銭湯の衰退~銭湯大学 湯船教授の「銭湯文学特講」 by 湯船教授第一回ということで、まずコラムの概要について説明しましょう。このコラムは毎回一冊ずつ銭湯に関する書物を紹介する「銭湯文学」の講義、という形式をとっております。ただ本を紹介するだけではなく、湯船教授があらん限りの想像力・妄想力を尽し、あること・ないことを語ってくれていますので、リラックスして聞いてあげてください。最初は退屈かもしれませんが、だんだん面白くなる・・・はずです。それではよろしくお願いします。 今回取り上げる作品は詩人・田村隆一の『ぼくの憂き世風呂』です。田村さんは「見知らぬ町へ行ったら、まず銭湯へ入ってみる」という根っからの銭湯好きで、 仁義廃れば銭湯廃る という、銭湯業界(?)では有名な詩も残しています。『ぼくの憂き世風呂』は、田村さんが8ヶ所の銭湯で8人の著名人と行った対談を収録した作品です。全てを紹介する時間とスペースがないので、今回のコラムでは、作家であり文化庁長官も務められた三浦朱門さんとの対談から、「ドライな西洋とウエットな日本」の話について考えてみましょう。 三浦さんは「日本人はあまり風呂に入らない西洋人のことを不潔だというが、地域によっては水で洗ったり、水につかったりすることが、かえってからだをよごす場合があるんだ」といいます。たとえば「砂漠のオアシス」と聞くと、われわれはキラキラ輝く透き通った水を想像しますが、実際にものは例外なく汚い水だそうです。したがって、水質に恵まれない土地では「ドライさこそ清らかさの象徴」となる。日本人の風呂好きは、私たちの土地が最高の水質に恵まれていたからこそ、可能だったというわけです。なるほど。 ドライ (1)乾いて水気のないさま。 (2)合理的で情に流されないさま。 (3)洋酒が辛口(からくち)であること。 辞書の例文に「現代風のドライな娘」っていう文章が出てくるのがまず面白いですね。ドライに割り切るドライな娘は今日も渓流でドライ・フライフィッシング。夜は彼氏とアサヒスーパードライ。家に帰ればクイックルワイパー・ドライシートで部屋のお掃除。汚れた服はドライクリーニング・・・「ドライ」のつく言葉が私にはすべて現代風に見えてしまいます。ああおそろしい。 本のほうにもう一度戻りましょう。田村さんは三浦さんの意見に続けて「日本だとウェットは情緒的美徳。ドライというと冷たい感じ」といっています。今の若者は「ドライ」ということばをもう少しプラスの意味で捉えている気がしますが、どうでしょうか。ちなみにウエットの意味は調べてみたるとちょっと寂しい感じでした。 ウエット 〔湿った、の意〕情にもろいさま。 ウエットという言葉で私が真っ先に思い浮かべた、というより部屋にあるのが目に入ったのは「ウェットティッシュ 足・お尻用 (72枚入)」という犬猫用商品。72枚も入っているのでそう簡単にはなくならず、長い間家に放置されています。彼らはいつまでもウエットでいられるのでしょうか・・・気になるところです。あと「ウエット彩」という、おっさんギャグも思いつきましたが、これ上戸彩の愛称の一つだそうで、検索するとかなりの数がヒットします。自分が思いついたギャグがすでに存在していたことを知るのって、かなりむなしいことですよね。ああ。 話がかなり脱線してしまいました。えーつまりですね、ドライというのはヨーロッパスタイルで合理的、そして今の若者っぽいさばさばした感じでカッコイイんです。それにたいして、ウエットというのは人情を重んじる、日本らしい美徳の価値観ということで、若者から見れば古臭く見えるんですかね。うーん。銭湯はそもそも、下町の人間があれこれ喋って楽しむ「ウエット」な場所でした。ここ数年で銭湯の数は急激に減少していますが、このドライな価値観がひろがったことも原因のひとつではないでしょうか。 たとえば現在スポーツ界では、中田英寿やイチローのようなドライな感覚をもったスターが登場し、人気を集めています。彼ら自身が銭湯の敵というわけではありませんが、若者のドライな価値観を象徴する存在です。中田英寿は「ウェットティッシュ 足・お尻用 (72枚入)」よりも絶対「ドライクリーニング」の方が似合うし、実際銭湯好きじゃなさそうですもんね。勝手な推測ですが。 えーでは、これまでの対立の構図をまとめてみましょう。 ウエット⇔ドライ 日本⇔西洋 人情⇔合理性 昔ながらの⇔現代風 ウエット彩⇔上戸彩 「ウェットティッシュ 足・お尻用 (72枚入)」を愛用する湯船教授 こうやって見ると、昔ながらの銭湯が減少していくのはなかなか止められない気がします・・・が、私は「ウエット」な人間なのであきらめません。連載が続く限り、銭湯についてあれこれ考え続けていきたいと思いますので、次回からもよろしくおねがいします。では今日の講義は終了です。 *** ●参考文献 『ぼくの憂き世風呂』 田村隆一 対談の相手は今話題の映画「日本沈没」の原作者・小松左京から映画「釣りバカ日誌」監督の山田洋次、女優の木の実ナナまでバラエティ豊か。どれもこれもノスタルジックかつ、含蓄のあるいいお話しです。実はこの本は絶版なのですが、『銭湯とスコッチ』という作品に一部が収録されていますので、ぜひそちらでご覧下さい。 ●田村隆一 言葉なんかおぼえるんじゃなかった など、素敵すぎる詩を多く残した。『銭湯とスコッチ』という作品名からも明らかなように、酒を愛したダンディな詩人。エッセイも素敵です。詩は検索サイトでけっこうひっかかるので、興味がある方は色々探して見てください。 text by 湯船教授 | 2006.08.15 | [ 銭湯大学 湯船教授の「銭湯文学特講」 ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (1) |

